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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5818号 判決

原告 国

訴訟代理人 河津圭一 外二名

被告 株式会社 杉浦内事部

主文

被告が昭和三十二年八月十六日別紙物件目録記載の(一)ないし(四)の不動産につき訴外江洋メリヤス株式会社との間になした売買は、これを取り消す。

被告は別紙物件目録記載の(一)ないし(四)の不動産につき、昭和三十二年八月二十一日長野地方法務局上田支局受付第四、七一三号をもつてなした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告指定代理人等は、主文第一ないし第三項と同旨の判決を求め、その請求原因として、

(一)  訴外江洋メリヤス株式会社(以下単に「訴外会社」と略称する)は、昭和三十二年八月十六日現在において、原告に対し、昭和三十年四月から昭和三十一年三月までの事業年度の法人税につき、本税金五十三万千五百二十円(過誤納還付金二万三千五百五十円および同還付加算金千九十円控除)、無申告加算税金十三万九千円、重加算税金二十七万八千円、利子税金七万三千百四十一円、延滞加算税金三千八百二十六円、以上合計金百二万五千四百八十七円の租税債務を負担していたところ、その後も何等の納付をしないため、昭和三十三年六月三十日現在においてはその後に発生した利子税および延滞加算税を加え、その額は金百九万八千八百六十二円となつた。

(二)  然るところ、訴外会社は、その所有財産の大部分である別紙物件目録記載の宅地、建物(以下「本件土地家屋」という。)を昭和三十二年八月十六日頃代金二百五十万円をもつて被告に売買譲渡し、長野地方法務局上田支局昭和三十二年八月二十一日受付第四七一三号をもつてその旨の所有権移転登記を経由した。

(三)  而して、訴外会社の石本件土地家屋の譲渡行為は、次に述べるように、前記国税の滞納処分による差押を免れるために故意になしたものである。すなわち、

訴外会社は、(1) 昭和三十二年五月二十九日頃江東税務署長から同月二十八日附で前記昭和三十年四月から昭和三十一年三月までの事業年度の法人税につき合計金九十七万三千百六十円の決定を受け、更に、(2) 昭和三十二年六月十二日には昭和三十一年四月から昭和三十二年三月までの期間の滞納国税金十七万四千九百十二円の徴収のため上田税務署長により本件土地家屋につき差押を受けたが、右訴外会社代表取締役松原都喜雄および取締役中西正は被告会社代表取締役である杉浦武一と対策を協議した結果、訴外会社は同年六月二十八日上田税務署に対して右(2) の滞納国税のうち金九万三千四百六十二円を納付して差押の解除を求める一方、杉浦武一においてはこれと併行して右差押物件譲受のため不動産の経営管理、売買等を目的とする被告会社の設立準備を進めた。そして、昭和三十二年七月三十一日前記差押が解除され、次いで、同年八月六日被告会社の設立を見るや、訴外会社は同月十六日頃被告会社に対して前記のごとく財産の大部分である本件土地家屋を売買譲渡し、その所有権移転登記を了し、なお、同年九月二十日には残余の電話加人権、機械器具等時価約二十万円相当の僅少の財産も他に処分し全くの無資産となつたのである。しかも、その後松原都喜雄は訴外会社と同一の事業を目的とする松原ニツト工業株式会社の設立に着手し、同年十一月九日右会社が成立すると同時に、同月十九日訴外会社を解散し、現在は右新設会社において前記本件土地家屋を被告会社から賃借し営業している。

右経過に照せば、訴外会社は国税の滞納処分による差押を免れるため故意に本件土地家屋を被告会社に譲渡したことが明らかであつて、被告会社の代表取締役である杉浦武一は訴外会社の発行株式の二分の一を自己およびその従属者の手により保有し自らは昭和三十一年二月二十九日訴外会社の監査役に就任し、その選任した計理士神部健之助をして計理を整えさせ、同人から逐一税務その他会社の計理内容の報告を受けていたのであるから、被告会社においてもその情を知つて右物件の譲渡を受けたものというべきは論を俟たない。

(四)  右の次第であるから、原告は、前記国税徴収のため、国税徴収法第十五条の規定にもとづき、本件土地象屋の譲渡行為のうち別紙物件目録記載の一から四までの不動産につきなされた行為の取消を求めるとともに被告に対し右物件に対する前記所有権移転登記の抹消登記手続を求める次第である。と述べ、被告主張の抗弁事実を否認した。

立証〈省略〉

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁および抗弁として

(一)  請求原因事実中(一)の事実は知らない。

同(二)の事実中訴外会社が原告主張の日時に被告会社に対して本件土地家屋を代金二百五十万円をもつて売り渡したことおよび原告主張の登記を経由したことは認めるがその余の事実は知らない。

同(三)の事実中(2) の滞納国税徴収のため差押がなされたこと、訴外会社が所轄税務署に対して差押解除の交渉をなし原告主張の頃右差押が解除されたこと、被告会社が昭和三十二年八月六日設立され原告主張の日時に本件土地家屋を訴外会社から買い受けその所有権取得登記を経由したこと、訴外会社が原告主張の頃解散し本件土地家屋は松原ニツト工業株式会社において被告から賃借し使用していることおよび杉浦武一が昭和三十一年以降訴外会社の株主であつて原告主張の日にその監査役に就任したことは、いずれも認めるが、被告が右物件譲受のために設立せられ、情を知つて訴外会社からこれを譲り受けたこと、計理士神部健之助に訴外会社の経理事務を委嘱したものが杉浦武一個人であることは、いずれも、否認する、その余の事実は知らない。

(二)  訴外会社は、本店所在地の東京都台東区に店舗を設けて同所において専ら輸出用メリヤスの発注を受け、一方長野県上田市に工場を置きメリヤス加工等生産に当らせていたところ、昭和三十一年初頭の頃から訴外杉浦レース株式会社との間に事業提携の話合が成立し、主として同会社の下請工場として協力して来たが、昭和三十一年暮から昭和三十二年初頭の頃に至り外部負債約二百五十万円の元利金支払が経理上の重荷となつて来たので、右工場の敷地建物である本件土地家屋を他の繊維会社に買い取つて貰い負債を整理したうえでその下請工場として経営の立直しを図るのが特策であるということになり、最初業界の有力会社である名古屋市に本店を有する旭一シヤイン株式会社との間に交渉を進めたが不成功に終り、その後適当な譲受人がなく、最後に前記杉浦レース株式会社の重役である杉浦武一に交渉を持ち込み、同年八月六日被告会社設立後は同人を介して被告会社に交渉を進めるに至つたものである。

そして、原告が主張する昭和三十年度法人税の更正決定が訴外会社の東京本社に通告されたのは昭和三十二年五月二十八日頃であるが、当時本社は事実上閉鎖状態で右通告が上田工場の会社幹部に回付されたのは同年六月中旬で、この時から改めてその対策が協議される運びとなり、訴外会社の経理面の面倒を見ていた神部健之助経理士が税務署との交渉に当ることとなつたのである。

従つて、本件土地家屋の売却の動機および計画誕生の経過と原告主張の法人税の決定通知の時期とを比較してみれば、前者が時期的に先行しており、相互の間に具体的関連性のないことは明らかで、右工場の売却後訴外会社は解散したがその原因は前記課税に対する異議申立、審査請求等が不成功に帰し過当な課税の負担に堪え兼ねたことと、昭和三十二年秋頃の繊維業界の不振にあり、工場を売却したこととは何等の関係もないのであるから、訴外会社が原告主張の法人税の滞納処分による差押を免れるため右工場の土地建物を売却した旨の主張は何等の根拠もないものといわなければならない。

(三)  また、杉浦武一は、昭和三十一年春訴外会社の要請により増資を機会に金百五十万円の出資をなし、爾来輸出繊維品の加工注文、融資等を行いながらこれを下請工場として育成し来り、昭和三十二年春同会社社長中西正が辞任し後任社長松原都喜雄が上田市の工場を中心に事業を承継するに及んで計理士神部健之助を経理の顧問に推薦し同人の報告によつて訴外会社の経理の実情を知る仕組としていたところ、同経理士の報告によれば訴外会社の経理は営業上の収支は黒字であるが、営業外の支出すなわち借入金の利払および償却の負担があるため結局赤字とならざるを得ないとのことであつたので、たまたま会社事務当局からの報告により外部負債が総計約二百五十万円に達することを知るに及び同訴外会社救済の意味で工場、土地の買収に応じたもので、その入手の動機、経過は全く偶然、かつ、消極的であつた。のみならず、訴外会社の昭和三十年度法人税の更正決定があつたことは右売買交渉の経過中に杉浦武一の知るところとなつたが、同人は信頼する前記神部計理士から、右課税は甚だ不当過大であつて近い将来取り消される可能性が十分あり訴外会社の松原代表取締役は本税の半額程度で示談解決の用意があること等の報告を受けていたので、本件土地家屋を買い受けても右租税債務の解決には何等の影響もないものと考えていたのである。

而して、被告会社は、杉浦武一を中心とする杉浦一族の不動産の所有、管理を目的としてたまたまその頃設立されたので杉浦武一に代つて売買一方の当事者となつたものに過ぎず、他にも大阪市東区本町四丁目五十三番地に四階建コンクリート造の建物一棟延九十六坪を所有しこれを株式会社杉浦商店に賃貸しており、本件売買のために設立されたような事実は全くない。しかも、本件売買価格二百五十万円は客観的にも妥当であり、その代金支払方法も一部を抵当債権の肩替りをもつて充て残額を現金による一時払とする極めて譲渡人に有利な条件であるし、売却物件が訴外会社の主要な財産であることは相違ないけれどもその唯一のものではなく、他にも工場備付の機械器具等時価五十万円を超えるものが現存していたのである。

右の次第で、訴外会社が、仮りに、差押を免れるために故意に前記物件を被告に譲渡したものであるとしても、被告会社はその情を知らず、全く善意であつたから、原告の本訴請求は失当である。

と述べた。

立証〈省略〉

理由

訴外江洋メリヤス株式会社が昭和三十二年八月十六日頃その所有の本件土地家屋を被告会社に対して代金二百五十万円で売り渡し、長野地方法務局上田支局昭和三十二年八月二十一日受付第四七一三号をもつてその旨所有権移転登記を経由したことは当事者の間に争がなく、成立に争のない甲第一号証の二によれば、右譲渡当時訴外会社は昭和三十年四月から昭和三十一年三月までの事業年度分に対する法人税として本税金五十三万千五百二十円、無申告加算税金十三万九千円、重加算税金二十七万八千円、合計金九十四万八千五百二十円のほか利子税、延滞加算税等の租税債務を負担していたことを認めるに十分である。

原告は訴外会社の右不動産譲渡行為は町訴外会社が国税滞納処分による差押を免れるため故意になしたものである旨を主張するから按ずるに、証人松原都喜雄、同神部健之助の各証言に成立に争のない甲第三号証、同第十三号証の一から五まで、同第十二号証、同第五号証の一から五まで、同第八号証の一および三ならびに官署作成部外につき成立に争がなく、爾余の部分についても真正の成立を認めるべき同第八号証の二を併せ考えると、訴外江洋メリヤス株式会社は輸出向、内需向メリヤスの製造販売等を目的とする会社であつて、東京都江東区亀戸五丁目五十四番地に本店営業所を置き、長野県上田市に工場を設けてメリヤス加工等の営業をしていたが、昭和三十二年初頭の頃から資金繰りが苦しくなり、経営が悪化したため工場の売却を計画し名古屋市に本店を有する旭一シヤイン株式会社にその引合をなしたこともあつたこと、然るに、同年五月二十八日同訴外会社に対する前示昭和三十年の事業年度分法人税につき金九十七万三千百六十円の更正決定がなされ、同月三十日所轄江東税務署から訴外会社に対し右更正決定通知書が送達され、更に、同年六月十日には既往の滞納国税金十七万四千九百十二円の徴収のため所轄税務署から引継を受けた上田税務署長により前記工場である本件土地家屋につき差押処分を受けたこと(この差押を受けた事実は当事者間に争がない。)右差押を受けた不動産は前記上田市に設けられた工場の敷地および建物の全部であつて、訴外会社の資産としては右工場、土地のほかには見るべきものがなかつたことを認めることができ、また前顕甲第五号証の一から五まで、成立に争のない甲第三号証、同第六号証、同第十一号証、同第四号証、同第十四号証および乙第五号証に証人神部健之助、同松原都喜雄および被告会社代表者杉浦武一本人の各供述を併せ考えると、前記訴外会社は前示滞納処分による不動産の差押を受けるや直ちにその徴収猶予を求めるとともに差押の解除を申請し、昭和三十二年七月三十日その解除を得翌三十一日差押登記の抹消を受けたが、同年八月十六日差押解除を受けた不動産全部を前記のごとく被告会社に譲渡し、同年十一月十一日には会社解散の決議を了し同月十九日その登記を経由してしまつたこと、他方右不動産の譲受人である被告会社は右譲渡の直前である昭和三十二年八月六日不動産の経営管理、不動産の売買等を目的として設立されたものであるが、その代表取締役杉浦武一は前記訴外会社の取引先である杉浦レース株式会社の取締役であつて昭和三十一年二月二十九月から右訴外会社の監査役に就任しその発行株式の約半数を保有するほか、昭和三十二年八月頃までに同訴外会社に対し同人個人および同人の関係者から相当額の融資をなしていたこと、而して、右譲渡代金二百五十万円のうち金百十七万円は訴外中小企業金融公庫に対する抵当債務の肩替りをもつて支払に充て残額金百三十三万円が現金をもつて訴外会社に支払われたが、右訴外会社は支払を受けた現金のうち金百二十一万三千六百六十七円を前記杉浦武一およびその関係者に対して負担する債務合計額の支払に充て、残額はすべて未払給料等の弁済に振り向け他の一般債権者に対する弁済に使用された部分は全くなかつたことを認めることができる。

以上認定の事実に前顕証人松原都喜雄および被告会社代表者杉浦武一の供述を併せ弁論の全趣旨を参酌して考えると、右差押の解除は事務引継を受けた上田税務署において前記昭和三十年の事業年度分についての新たな課税決定のなされた事実を知らず、差押の基本となつた租税債権のみについて一部納付を受けることをもつて満足すべきものと解したためにとられた措置と認められ、従つて、右差押は一旦解除せられたが早晩新たな差押がなされるであろうということは当然予想せられるところであつて、訴外会社としてもこのような事情は当然了知していたものというべく、同訴外会社としては、予て右差押の目的となつた工場、土地を他に処分するも已むなしとの考があつたところから、この際差押、公売処分により売却されるよりは、むしろ相当の代価をもつて他に譲渡するに若かずとなし、差押の解除を受けるや急拠右不動産売却の話合を進め、同会社と密接な関係にあつた杉浦武一に懇請し、当時同人が設立し、その主宰下にあつた、被告会社にこれを買い取つて貰うこととしだものと認めるを相当とする。被告は右本件土地家屋の売却は訴外会社が昭和三十二年初頭の頃から一貫して有した方針の表われに過ぎず、売買代金の額も相当でありその代金の支払条件は売主側に有利である点から見ても、右売買が国税滞納処分ないし課税決定とは全く無関係であることが明らかであると主張するところ、訴外会社が昭和三十二年初頭の頃から工場を売却処分するも已むなしとの考を有し旭一シヤイン株式会社に対しその頃右工場売却の引合をなしたことは前認定のとおりであるが、右引合の結果は具体的な話合に進展することなくそのまゝとなり、その後は被告との間の売買契約成立に至るまで売却について他に何等の動きもなかつたことは証人松原都喜雄の証言により認めることができ、証人平野弘二の証言および郵便官署作成部分について成立に争がなく、爾余の部分についても同証言により真正の成立を認める乙第四号証の一、二を併せ考えると訴外会社と被告との間において具体的な売買交渉が始められたのは前記滞納処分による差押がなされた後であることが窮われるばかりでなく、訴外会社が予て、本件土地家屋の売却処分も已むなしとの考を有したとしても、滞納処分による差押を受けるよりは寧ろ他に売却するに若かすとしてこれを売却したときは、差押を免れるため故意に売却したものとなすに妨げないところといわなければならないから、此の点に関する被告の主張は採用し難く、また本件売買価格が相当であり代金の支払条件が売主側に有利であるといつても、前認定の支払代金の使途を綜合して考えれば必ずしも売主側にのみ有利であるということはできないから、右事実をもつて、直ちに前認定を覆えして被告主張の事実を肯認することはできない。証人松原都喜雄、同神部健之助および被告会社代表者杉浦武一の各供述中右認定に抵触する部分は措信し難く、他に前認定を覆えすに足りる資料は存しない。

右の次第であつてみれば、訴外会社は前叔国税の滞納処分を免れるため故意に本件土地家屋を被告に譲渡したものと認めざるを得ない。

次に被告は、訴外会社から本件土地家屋を買受けるに際し同訴外会社が右のごとく国税滞納処分を免れるために故意に本件土地家屋を譲渡するものであるとの情を知らなかつた旨を主張し、被告会社代表者杉浦武一本人は右主張に謂う趣旨の供述をしているけれども右供述部分は前認定の事実に照してにわかに措信し難く、他に右事実を肯認するに足る資料は存しないから右主張はこれを採用することはできないものといわざるを得ない。

以上の次第であるから被告が訴外江洋メリヤス株式会社との間に昭和三二年八月十六日別紙物件目録記載の土地、家屋につきなした売買契約は詐害行為として昭和三十四年法律第百四十七号をもつて改正せられる以前の国税徴収法第十五条の規定により取消を免れず、右物件につき被告のためになされた前示所有権取得登記は抹消されるべきこと明らかであるから、右物件のうち別紙物件目録記載の(一)ないし(四)の宅地につき取消および取得登記の抹消を求める原告の本訴請求は、全部正当としてこれを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 江尻美雄一)

物件目録〈省略〉

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